2008年11月17日月曜日

がんばれ 「寺村由紀」!

しばらくぶりの更新です。

最近は、仕事が忙しく、いぬやまの話題がなかなか書けず、寂しい思いをしています。

今回は、いぬやまにご縁があった方が女優になられ、公演を見に行ってきましたので、その様子をご紹介します。

公演場所は、京都市中京区三条御幸町角にある「ART COMPLEX 1928」です。この話の主役は、中部ケーブルネットワークでいぬやまを担当していた「寺村由紀」さんです。


演目は、「OPHELIA」です。









「ゲルータ」という役柄で出演していました。11月13日(木)~11月16日(日)の公演でした。





ホールは150名ほどでいっぱいでしょうか、こじんまりしていましたが、古い建物でとても良い雰囲気で、お芝居も、とても面白く、1時間半があっという間に過ぎてしまいました。舞台衣装の彼女をご案内できないのが、とても残念です。

もともと、中部ケーブルネットワークでパーソナリティを務めており、はきはきと元気な女性でしたが、それが、舞台にとても生きていましたし、すっごく輝いていました。自分がやりたいことを思いっきりやっているという生き生きした姿がとても印象的でした。


舞台が終わった後お会いする機会がありましたが、以前と変わらず、元気いっぱいで、とても安心しました。








また、いぬやまに来てみなさんとお会いしたいといわれていました。時間があれば、彼女の舞台を見に行きたいと思っています。

家族の誕生日祝いに舞台を見に一緒に行ったのですが、とても喜んでおり、次回も是非家族と一緒に見に行きたいと思っています。

有名になってほしいと願っていますが、それよりも何よりも、息の長い女優さんに成長してほしいですね。みなさんも、是非応援してあげてください。

2008年7月17日木曜日

京都の祇園祭と犬山祭(番外編)


7月16,17日京都の祇園祭に行ってきました。







最近仕事が忙しく、動きが鈍っています。久しぶりの休暇でした。鴨川の納涼床を横目で見ながら、祇園を八坂神社へと向かいました。




祇園祭は、約1150年の伝統を有する八坂神社の祭礼で、古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、貞観11年(869)に京をはじめ各地に疫病が流行したとき、神泉苑に当時の国数66ヶ国にちなんで66本の鉾を立てて祇園の神を祭り、さらに神輿を送って、災厄の除去を祈ったことにはじまります。

何の下調べもなく、京都に着いて祇園祭の案内をもらって初めて知ったのですが、犬山同様、京都にも船型をした鉾が一輛あったのです。高山祭にも、かつては、「船鉾台」といった屋台があったようで、調べてみると各地に船型の車山(山車)が残っているようです。長浜の船町組の曳山「猩々丸」(しょうじょうまる)、唐津の大石町の六番曳山「鳳凰丸」(ほうおうまる)、江川町の十四番曳山「七宝丸」(しっぽうまる)など多くの車山(山車)の中に1、2輌船型のものがあるようです。




興味を引かれましたので、早速宵山に出掛け、提灯で彩られた、「船鉾」(ふなぼこ)を見てきました。








「船鉾」は、神功皇后(じんぐうこうごう)の説話にもとづき、舟の形につくられた鉾で、舳先(へさき)には瑞鳥の金色の鷁(げき)を飾り、艫(とも)には黒漆塗螺鈿(らでん)の飛龍文様の舵、船端には朱漆塗の高欄、唐破風入母屋造りの屋根をそなえています。2本の旗竿を立て,そこに紅白の吹流しと長旒(ちょうりゅう)をはためかせて山鉾巡行を進んでいきます。


犬山にも、船形をした「浦嶌」という車山(やま)があります。











この車山には、名前どおりの浦島太郎のからくりが載せられています。









興味を引くのは、京都の祇園祭の32輛の山鉾の内、船型の鉾は、唯一のものであり、同様に犬山にある13輛の車山にも船型の山も一輛のみで有ると言うこと。そして、京都の船鉾が、「新町通綾小路下ル」に組み上げられており、犬山の「浦嶌」も「新町」の車山であり、そこには不思議な歴史の縁を感じました。

ちなみに、「浦嶌」の歴史は、比較的浅く、明治6年(1873)に名古屋から譲り受け、明治20年(1887)に3層に改造したとされています。また、京都の「船鉾」同様船首には鷁首(げきしゅ)が飾られており、構造的に鶏形に似た形をしていることから、「鶏車山」(とりやま)とも呼ばれています。


山鉾巡行では、あまりの熱気と暑さにダウンして、木偶師(からくり人形師)玉屋庄衛兵さん操るカマキリのからくりが載った「蟷螂山」やこの「船鉾」を昼間に見ることができず、大変残念な思いをして帰ってきました。






今回初めて、山鉾の重量測定が行われました。世界無形文化遺産への登録申請を目指す祇園祭山鉾連合会が、準備作業の一環として今年初めて実施したものです。32基の山鉾のうち最重量は月鉾の11.88トン、最軽量は綾傘鉾の0.36トンだったそうです。今後、囃子方や懸装品などの重さを引いて山鉾本体の重量を出していくということです。

ところで、犬山祭の車山は、本体のみで3トン程度と言われています。


来年は、山鉾32輛全てと、辻回し (車輪の下に竹を轢いて水を打ち方向転換する。犬山の車山が辻で方向を転換する方法としては、「車切」にあたる。もう一つの方法である「どんでん」は、片側の車輪を持ち上げて方向転換するため、方法が異なる。) を間近で是非見に行きたいと思っています。

2008年6月14日土曜日

6月20日 無料開放 尾張パークウエイ


尾張パークウェイは、犬山市の東部を通る延長7.7kmの犬山市唯一の有料道路。





昭和53年6月に開通して以来、30年間の料金徴収期間をを終えることとなり、6月20日から無料開放されることになりました。

今まで有料であったため、利用を控えてきた人たちがたくさんいました。通勤や観光にこれからもっともっと利用されると思います。


この道路は、小牧東インターの延長線上にあり、無料開放に伴ってモンキーパーク、桃太郎神社などへのアクセス路線として利用されることが多くなることが予想されます。





小牧や春日井から国道41号線方面へのアクセスも格段に良くなります。途中の清水インターで降りれば、国道41号線に直結します。一般道を使って、郡上方面、下呂方面へ向かうのに、とても便利になります。




ここは、リトルワールドの入り口の今井インターです。ここから、5分もかからずリトルワールドへ行くことができます。






尾張パークウエイの南端の入り口です。山の間を縫って整備された道路は、信号もなく快適に走ることができます。谷あいの田畑や、人家を望むことができ、どこか懐かしい里山風景を楽しむことができます。


ところで、今日はビッグスクーターで移動。

途中で、道に迷って悪路に入ってしまい、止まったとたんに立ちゴケ!! 

バイクが傷つき、とほほほほ・・・

2008年5月11日日曜日

日本一早い「鵜飼い開き」


今日は鵜飼い開き。木曽川、長良川、小瀬のこの地方の鵜飼いが始まる日です。







昨日の雨で増水が心配されましたが、全くその心配は要りませんでした。







その中でも、犬山は先頭を切って、昼に日本一早い鵜飼い開きが行われ、11:30分から日本唯一の昼鵜飼いによる鵜飼いの観覧が始まりました。




犬山祭が374回の歴史を誇っていますが、この木曽川うかいも歴史があります。


うかいは、美濃国では702年の各務郡中里の戸籍「鵜養部目都良売(うかいべめづらめ)」の記述が最も古い資料で、この資料から木曽川うかいの起源は、今より1300年前と考えられています。



犬山では、今から340余年前に犬山城3代目城主“成瀬正親公”が御料鵜飼として始められ鵜匠を保護したと言われています。


1人の鵜匠が操る鵜は10羽。首に手縄をつけ、鵜匠の巧みな手縄さばきに促され、「ホーウホーウ」と威勢のよい鵜匠のかけ声で鵜たちは水中へ潜り、鮎などの川魚を捕らえます。



鵜は、川鵜ではなく海鵜が使われています。海鵜は川鵜より体が大きく、体力もある。首も太く、くちばしも長いため、比較的大型の魚を捕獲するのに向いています。

鵜飼いは、現在、日本各地の12カ所で行われていると言われています。(茨城県日立市、山梨県笛吹市、岐阜県関市、同岐阜市、愛知県犬山市、京都府宇治市、同京都市、和歌山県有田市、広島県三次市、愛媛県大洲市、福岡県杷木町、大分県日田市、山口県岩国市)

娯楽や遊びが多様化して、木曽川うかいも年々利用者が減ってきたようですが、2004年から昼うかいを始め、持ち直しています。



昼うかいは、夜うかいのような風情はありませんが、ご婦人や子どもたちが安心して観覧することができ、鵜の動きもはっきりと見えることが評判を呼んでいるようです。







そうそう、犬山には鵜を操る「鵜匠」さんが4人居ますが、全て市の職員(公務員)です。

2008年4月12日土曜日

今が満開 黄色い桜 ~鬱金桜~

変わった色をした桜に出会いました。このあたりでは、見かけたことの無い桜です。


フェンスで管理された畑の中にあるため、所有者に迷惑がかかるといけませんので、詳しい場所は差し控えますが、楽田駅のごく近くに黄色い八重の桜が咲いています。



この桜は、おそらく鬱金桜(うこんざくら)と思われます。


名前の由来は、その花の色。鬱金=ターメリックに染まったような黄色い花から名付けられました。時期的には、4月中旬~下旬が開花時期で、今が満開です。





花の盛りが過ぎると、少し赤みがかってくるそうですが、今が盛りと黄色い花を咲かせています。










この桜は、花弁に葉緑体を持っています。同じような桜で、「御衣黄」という品種がありますが、これは、もっと緑の発色が強い花を咲かせます。桜としては、黄色の花を咲かせる唯一の品種ではないでしょうか。



今日は、めずらしい桜に出会えて少し得した気分がしています。

2008.04.12 の犬山遊歩

今が満開 黄色い桜 ~鬱金桜~
信貴山泉浄院 朱塗りの多宝塔   (別ウィンドウ)

信貴山泉浄院 朱塗りの多宝塔

名鉄上飯田線楽田駅から5キロメートルほど東に尾張信貴山があります。幼い頃、ここに登ると尾張本宮山の山頂を望むことができましたが、今は木々が成長して、見えなくなっています。


地図を広げると尾張本宮山(標高292.8メートル)の南のピーク標高は210メートルほどでしょうか、ここに尾張信貴山泉浄院があります。





尾張信貴山は通称で、正式には真言宗醍醐派別格山泉浄院と言うそうです。名古屋の有力資産家と楽田の有力者とが協議し、「商」「戦」に因縁がある「毘沙門天」を本尊にむかえ、尾張信貴山として、昭和7年に建立されたもので、最近のものです。


山頂近くには朱塗りの多宝塔と本堂とが建っています。






この山頂は、展望が良く小牧山合戦の時、豊臣勢の陣地であったところで、陣が峰ともいわれています。

楽田駅から歩いて行くこともできますし、倉曽という地区から車で登ることもできます。ただし、道は狭く、駐車場も全部で5~6台ほどと少ないためご注意ください。


別のルートとしては、大縣神社を奥から宮池の脇を通り抜け、ハイキング道路を登るルートもあります。






すでに桜も終わりに近く少し残念でしたが、朱塗りの多宝塔は健在でした。鮮やかな朱が青空に映えていました。






階段を登り、さらに奥へ進むと右手に分かれ道が見えますが、そのまま、まっすぐ登り本堂へ進みます。






本堂に設けてある展望台からは、名古屋の駅前のビル群が一望でき、なかなかの景色です。






先ほどの右手の分かれ道まで戻ります。この道を進むと、入鹿池が一望できるポイントがあります。今日は、少し霞がかかっていましたが、これだけ見渡すことができました。



右手には、犬山の最高峰黒平山(八曽山ともいう。標高326.9メートル)が見えています。

このまま奥へ進むと、分かれ道が見えてきます。この分岐の右隅には、案内板(画像前出)があり、向かって左手に進むと尾張本軍山登山道入口、大縣神社、楽田駅方面、右手に進むと国の天然記念物のヒトツバタゴ自生地、入鹿池、尾張富士、明治村方面へと抜けることができます。

お勧めは、名鉄上飯田線楽田駅から2キロメートルほど歩き、大縣神社奥へと進みハイキング道路を登って、尾張本宮山-尾張信貴山-ヒトツバタゴ自生地-入鹿池-明治村と進み、バスで犬山駅へ戻るあるいは、歩いて名鉄上飯田線羽黒駅へ行くコースです。



桜がまだ咲いていますが、ツツジも花を咲かせ、山を彩っています。





季節も良くなってきたし、どうでしょうか、一汗かいてみては。


2008.04.12 の犬山遊歩

信貴山泉浄院 朱塗りの多宝塔
今が満開 黄色い桜 ~鬱金桜~   (別ウィンドウ)

2008年4月5日土曜日

春爛漫 桜舞う 犬山祭

今日、明日は、犬山祭。374回を数えます。

桜は満開、はらはらと桜が舞い散る中、祭が行われました。


さて、祭りの前に犬山城へ行ってきました。桜が満開で、とても春らしい犬山城の姿がありました。今日は、犬山祭。登城者もとても多く見受けられました。





犬山城に同時に登城できる人数には、限りがあります。何人かご存じでしょうか。古い木造建築であるが故に、実は、200人という登城制限が設けられているそうです。



では、何で200人をカウントしているのか。実に単純な仕組みです。

登城するときには、靴を脱ぎます。その靴をポリ袋に入れて、城に入ります。実は、そのポリ袋が200枚しか用意されていないのです。ポリ袋がなくなれば、その時点から登城制限が始まるのです。

そして、犬山祭ですが、過去の記録を紐解くと、終戦の年については、祭りの決算記録が無く、この年だけが中止されたと言われています。


この祭りは、針綱神社の祭礼で13輛の車山が町内を練り歩き、午前11:15には、からくり奉納がされ、その後城前広場に曳き揃えられました。





有名な高山祭でも、3台の屋台がからくりを奉納するだけです。犬山は、13輛全てがからくりを奉納します。







「車山」は、3トンほど。


くぎを一切使わずくみ上げられて「車山」がギシギシと音を立てながらまちを巡行していました。






多くの観光客が、煌びやかな金襦袢に見とれ、また、アスファルトの路面を削りながら方向を変える豪快な「車切」に驚き、そして、車輪を2輪持ち上げ方向を一気に変える「どんでん」に歓声が沸き上がっていました。


昨年より若干少ない25万人(主催者発表)の人出と言うことでしたが、私が感じた限りでは、昨年より人出が多いと感じました。


夜には、365個の提灯にろうそくの火が灯され、城前広場、犬山駅から車山が各町内へ帰って行きました。明日の夜車山は、余坂、犬山口に分かれます。





ろうそくの炎がゆらゆらと、とても心地よくなつかしい思いがして、その幻想的な明かりについ見入ってしまます。

明日も、天気は大丈夫。みなさんも、伝統の祭りに触れてみてはいかがでしょうか。2日間とも雨が降らないのは、滅多にありません。桜も満開。「からくり」披露の最中にはらはらと桜が散りゆく様に、時間を忘れます。


2008.04.05 の犬山遊歩

春爛漫 桜舞う 犬山祭
犬山祭 からくり写真集   (別ウィンドウ)
桜の名所犬山 春真っ盛り   (別ウィンドウ)

犬山祭 からくり写真集





















春爛漫 桜舞う 犬山祭   (別ウィンドウ)